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アリカ地域情報
| アリカ(Arica) |
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人口約19万人を擁すチリ最北端の都市。インカ帝国の支配を受ける以前から、この地には独自の文化を育むチンチョーロと呼ばれる文明がいきづいていました。当時の出土品やアリカ周辺に点在する地上絵も近年話題になっています。アリカは、1879年からペルー・ボリビア連合との領土争いが発端で起きた太平洋戦争時に、チリがペルーから奪い取った地でもあります。現在でもその時のわだかまりが残ってはいるようですが、ペルーのタクナまでコレクティーボ(乗合タクシー)でおよそ1時間と近いため、買い物などで行き来する庶民の交流の場になっています。
また「常春の都市」という別名を持つこの都市(年間平均気温18℃)は、2国に隣接し美しい海岸を有するという立地と、穏やかな気候という2つの好条件から、現在では観光都市として繁栄しています。もちろんホテルやレストラン、旅行代理店などが充実しているのは言うまでもありません。またアリカ周辺にはラウカ国立公園、ラス・ビクーニャス国立公園など、アンデス高地の美しい自然を残す国立公園があります。
■主な観光スポット:アリカ丘陵、サン・マルコス教会、5月21日通り、市営カジノ
■近郊のポイント:アサパ渓谷、ラウカ国立公園 |
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イキケ地域情報
| イキケ(Iquique) |
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チリ、第一州タラパカ州の州都。人口約22万人で、この町の歴史は比較的浅く、スペインの植民者がこの地に入ってくる以前は、少数の先住民が海岸線沿いに生活している程度でした。1730年にイキケにあるワンタハジャ銀山が開発された後、人口は3000人に達し、鉱山の発展とともに少しずつ町も発展していきました。さらに1830年に硝石の積み出しが開始されると、空前の硝石ブームに乗って町は一気に発展、人口は1万人を数え、北部州都に制定されます。
1879年には、チリとペルー・ボリビア連合軍との間に太平洋戦争が勃発。イキケ沖で海戦が行なわれ、この町の名を南米中に知らしめることとなります。この海戦でチリ海軍の英雄アルトゥーロ・プラット艦長は敵軍の船上で戦死、チリ旗艦エスメラルダ号も、ペルー旗艦ワスカールに沈没させられます。しかし、その後度重なる海戦で勝利を収めたチリはイキケを自国領とします。現在、チリ勝利のきっかけとなったこの戦いで亡くなったプラット艦長を称え、5月21日は海軍記念日として祝日となっています。
太平洋戦争に勝利した後、1920年まで続いた硝石ブームにより巨大な富を蓄えたイキケの町でしたが、ドイツによる人工硝石の開発成功を受け、一気にその影を落とします。当時の面影を残すのは、硝石工場だけとなり、硝石地帯はゴーストタウンとなりました。現在は、ハンバーストンとサンタ・ラウラ硝石事務所がユネスコの世界遺産に登録されています。
現在では、基幹産業を鉱業から漁業などにシフトしつつ、1975年には免税地帯(通称ソフリ:ZOna FRanca de Iquique)を建設し次第に活気を取り戻しています。
■主な観光スポット:プラット広場付近、イキケ港、イキケのビーチ、イキケ中央駅、スペインセンター
■近郊のポイント:ハンバーストン(世界遺産)、ラ・ティラナ |
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アントファガスタ地域情報
| アントファガスタ(Antofagasta) |
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アントファガスタはチリ北部地方最大の都市で、人口は約30万人に上ります。港町として栄えたこの町は現在でも銅などの鉱物資源の積出港として極めて重要な意味を持ち、この地域を支える中心地でもあります。また漁業も盛んで、近年は日本向けに様々な魚介類を輸出し、さらに、最近は魚介類の養殖研究も実施されています。市内には大学のキャンパスなども点在することから学生の多い町でもあります。
また、快適な気候柄、リゾート地としてもにぎわっています。年間を通しての平均降雨量が約4mmしかない為、湿度はとても低く過ごしやすい町です。温度差も一年を通してそれほど変化がなく北部独特のカラッと乾燥した空気が旅行者を心地よく迎えてくれます。
アントファガスタは、1879年の太平洋戦争でチリ領になるまでボリビアの領土でした。また第一次世界大戦から第二次世界大戦にかけて、日本軍の武器弾薬用の火薬には、この一帯で産出されたチリ硝石が使われていたという経緯もあります。
しかし20世紀半ばには鉱業のみによる発展は行き止まり、他の産業の育成と開発に活路を見出してきました。その甲斐もあって、最近では様々な魚介類の養殖事業も行われており、ヨーロッパやアジア方面へも輸出されているようです。
■主な観光スポット:コロン広場、旧税関、旧国鉄駅、アントファガスタ地方博物館
■近郊のポイント:ラ・ポルターダ、ウアンチャカ遺跡 |
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コピアポ地域情報
| コピアポ(Copiapo) |
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人口約13万人、1774年に現在の形で建設された都市です。気候は温暖で、サンティアゴから800km北に位置します。他の州と比較すると、観光には余り関係の無い地域ですが、独特の砂漠性気候の文化は、のんびりとした雰囲気を醸し出しています。
元々この地方には、「ディアギータス族」と呼ばれる海岸での漁をおこなう民族が広範囲にわたり生活していた場所でもあります。スペイン人入植者のペドロ・デ・バルディビアが1540年にこの地域の領有を宣言し、1548年頃から小さいながらも集落が形成されていきます。その後はスペイン入植者による大規模農園が周囲に作られ、農耕を中心に発展します。19世紀に入ると、チャニャルシージョという場所で銀鉱脈が発見され、コピアポは一気に発展します。そのお陰で、コピアポと海岸部の港カルデラとの間にチリで初の鉄道が敷かれました(1851年)。
■コピアポ観光スポット:コピアポ周辺の砂漠地帯で見られる砂漠の花(砂漠一面が美しい花で覆われます) |
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ラ・セレナ地域情報
| ラ・セレナ(La Serena) |
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サンティアゴに次いで、チリで2番目に古い歴史を持つ都市、ラ・セレナ。サンティアゴから北に473km離れた、第4州の州都コキンボ市に隣接した都市でもあります。人口は約16万人で、古い教会などが立ち並び、Serenaというスペイン語の名前の通り、静かで落ち着いた雰囲気の町です。一年を通じて温暖で、気温は7〜22℃。夏は近くのビーチで海水浴を楽しむにはもってこいの温度です。沖合には、朝方の霧や靄の原因となっているフンボルト海流が流れていますが、海水温度にはさほど影響力を持っていないので、安心して泳げます。
国定記念物に指定されているステンドグラスのある教会や、17世紀に建立された最古の石造りの教会などを見て回るには最適の環境でしょう。またチリの鉱山を資源にビジネスに成功した日本人が造った日本庭園ですが、園内に砂漠地帯でよく目にする植物が生えており、日本文化と砂漠がうまくマッチしていて非常におもしろい公園です。
ラ・セレナ市周辺には、ノーベル文学賞を受賞したガブリエル・ミストラルの生地ビクーニャがあり、そこではミストラル博物館やピスコ酒工場の見学ができます。
また砂漠の中に突然姿を現わす国定公園、フライ・ホルヘ森林公園も近くにあります。海岸に突き出た小山が海からの湿気を止め、そこに霧が発生して、この地域にのみ植物が生え森を形成しているのです。この公園は森林局が保護しているので、非常にきれいに保存された素晴らしい森です。また隣には漁港のコキンボもあり、ラ・セレナ周辺ではおいしい海産物が味わえます。
■ラ・セレナ観光スポット:ラ・レコバ(アーケード街)、日本庭園、海岸通り(Av. del Mar)、考古学博物館、サンフランシスコ教会、天文観測所
■ラ・セレナ近郊の観光スポット:エルキ渓谷、コキンボ、ビクーニャ(チリのノーベル文学賞受賞作家、ガブリエラ・ミストラル出生地)、フライ・ホルヘ森林公園 |
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アリカ
●飛行機での移動
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サンティアゴ〜アリカ(国内線)
- 便数:毎日2〜3便
- 所要時間:2時間45分(イキケ経由:3時間55分)
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●バスでの移動
イキケ
●飛行機での移動
●バスでの移動
アントファガスタ
●飛行機での移動
●バスでの移動
コピアポ
●飛行機での移動
●バスでの移動
ラ・セレナ
●飛行機での移動
●バスでの移動
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アリカ
| 月 |
最高平均気温 |
最低平均気温 |
月間平均降雨量 |
| 1月 |
27℃ |
18℃ |
0mm |
| 7月 |
19℃ |
13℃ |
0.2mm |
イキケ
| 月 |
最高平均気温 |
最低平均気温 |
月間平均降雨量 |
| 1月 |
24℃ |
16℃ |
0mm |
| 7月 |
17℃ |
12℃ |
0.9mm |
アントファガスタ
| 月 |
最高平均気温 |
最低平均気温 |
月間平均降雨量 |
| 1月 |
24℃ |
17℃ |
0mm |
| 7月 |
14℃ |
7℃ |
3mm |
コピアポ
| 月 |
最高平均気温 |
最低平均気温 |
月間平均降雨量 |
| 1月 |
18℃ |
9℃ |
0mm |
| 7月 |
12℃ |
4℃ |
14mm |
ラ・セレナ
| 月 |
最高平均気温 |
最低平均気温 |
月間平均降雨量 |
| 1月 |
22℃ |
15℃ |
0.2mm |
| 7月 |
15℃ |
8℃ |
37mm |
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